つぶやき ゆえに正しい

ブツダ 大人になる道 アルボムッレ・スマナサーラ

私たちは、他の人間を差別して、他の動物を差別する。嫉妬したり、怒ったり、憎んだり、喧嘩をしたり、
戦争までおこしたりする。そうやって 心にあらゆる問題が生まれるわけです。
心が問題を起こして病気になった、西洋的な現代心理学を勉強する羽目になるのです。

しかし、現代心理学を勉強しても、心の問題を解決する最終的な答えはでません。現代心理学では、最終的な答えはないのですが、仏教では

あなたの主観をほっておけ。主観はどっうって事はないものだ。
という最終的な答えがある。

心の問題を解決したかったら、心から私が思う。ゆえに正しい。というセクションをカットしてください。

私がおにぎりを食べて、これおいしいと思う。それでよいのだと。

あなた、これおいしいよという押し付けはやめてください。
猫にも、むこれおいしいから食べてみてよといったところで、鰹節ならおいしいけれど、おにぎりはおいしくないと。

心とはただの感覚。

壁に掛っている機械を見てこれは時計だとと思ったら それは知識だと。
人間同士だとこれ=時計でもよいが 
真理ではない

原始的に生活する人にとって時計は何となってしまう。
知識を構成した瞬間から、私たちは互いに食い違ってしまうう。互いに食い違って、苦しむことになる。

自分の知識を正しいと思わない事。

私が思う、ゆえに正しいといういい加減なし思考をやめましょうとあります。



つぶやき

うすぼんやりと わかりかけてきたような。
完全実行は難しいが、なんとなく。